自分が将来どんな大人になりたいか、
大学の4年間で、それを
見定められたら素晴らしい。

<2005年度・経済学部卒> 社会人8年目。徳山大学を卒業後、大和証券株式会社に入社。エリア総合職として、地域密着型営業を行う。

いくらでも失敗できることが、
大学時代の特権。
多くの人と交わり、
いろいろな経験を積んでほしい。

<1990年度・経済学部卒> 社会人23年目の徳山大学17期生。大学卒業後、鹿野町役場に就職。2003年の「平成の大合併」により、周南市役所に配属された。

地域の人々が自分の子どもを
「徳大に任せたい」と
思える大学でありたい。

<徳山大学学長> 学長就任4年目。徳山大学50周年に向けて、大学改革に邁進中。周南の美しい自然をこよなく愛している。趣味は釣り。

DISCUSSION MEMBER
PROFILE

  • 篠原 敬一郎 さん

    Keiichiro
    Shinohara

  • 坂本 俊彦 さん

    Toshihiko
    Sakamoto

  • 岡野 啓介 学長

    Keisuke
    Okano

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Web Edition(完全版)

「学長×卒業生」座談会

地域に輝く人を育てる

周南エリアの「地(知)の拠点」としての機能を高めるべく、改革を続ける徳山大学。
そんな徳山大学の「これまで」と「これから」について、地元で働く卒業生と学長に語っていただきました。
これからの時代に求められる大学のあり方とは?
地元・周南と徳大をこよなく愛する3人が、真剣に語り尽くします。

この座談会は2013年4月に行われ、その内容が2014年度の「入学案内」に掲載されました。
ここでは「入学案内」に掲載できなかった内容を加えた完全版を公開しています。

DISCUSSION 001

大学で学んだことは、社会に出てから役に立つのか?

私は23年前に徳山大学へ赴任してきました。その頃から現在まで、インターネットの出現など、社会の環境は大きく変わりました。坂本さんはちょうど23年前に卒業、市役所に勤務されているわけですが、当時の大学の雰囲気はどうでしたか?

私が入学したのは、徳山女子短期大学が併設された年で、バブル全盛期だったこともあり、かなり明るい雰囲気だったように思います。学生時代、映画研究会に所属していて、短大の女子学生といっしょに映画を撮ったりしたのもいい思い出です。また、週に1回、吉田松陰の『講孟箚記』を読むという「松陰会」の活動を行っていました。大学時代の4年間、この周南という土地で自由な時間を過ごし、いろいろなことにチャレンジできたことが、大きな糧になっていると今でも感じます。

なかなか楽しそうな大学生活ですね。篠原さんは?

学生時代は、友人や先生など、周囲の人々に恵まれた大学生活だったと思います。当時は、現在の『EQトレーニングⅠ』の前身となるオリゼミという制度があり、その中で、のちに親しい友人となる同級生に声をかけてもらいました。まじめな友人が多く、勉強に励んでいたように思います。

証券会社に勤めていて、大学で学んだことが活きているなと感じることはありますか?

友人といっしょに茶道部に入り、4年間続けましたが、そこで作法や教養を身につけられたことが、社会人になってからも活きています。証券営業は目に見えないものを売る仕事ですから、お客様の最終的な判断は、私という人間を見て、信頼に値するかどうかというところにかかってきます。お茶の世界では"和敬清寂"ということを言いますが、お互いの心を和らげて謹み、敬い合うことによって、茶室の清浄な雰囲気が生まれるという精神がとても大切だと実感しています。

学生生活のなかで自然と身についたことが、社会に出てから活きてくるというのは素晴らしいですね。

証券というのは変動商品ですので、お客様の意に沿わない値動きをすることも当然あります。そうしたときに、営業が慌ててしまってはいけません。きちんと考えを整理し、冷静に、謹みをもってお客様に丁寧に説明すること。それが長く続く信頼を育てていくのだと思います。こうした精神を大学時代に身につけることができたのは、私にとって大きな財産となりました。

社会に出て役に立つことというと、すぐに資格や専門技能を思い浮かべてしまいがちですが、社会に出てから本当に役立つのは、資格や技能だけではないと思います。大学ではもちろん、資格や技能も身につけることができますが、それだけでなく、本当の意味での教養や人間力といったものを身につけてもらう教育を行うことが、大学の役割だと思います。

大学では、多くの人と交わり、そこで人とのつき合い方を学ぶことが、とても大切だと思います。市役所での仕事でも、市民との対話ができなくては、収まるものも収まりません。市役所には時にクレームのような問い合わせが入ることもありますが、実際には直接会って、じっくりと話を聞けば、解決できるものがほとんどです。こうしたことは人と触れ合う中でだんだんと習得していくものだと思いますので、大学4年間という自由な時間の中で、できるだけ多くの人と触れ合い、人とのつき合い方を学んでほしいですね。

大学の4年間は、社会での重責を担うようになる前の猶予期間、モラトリアムと言われています。その自由な4年間に対して、何を提供できるのかというのが、大学の課題でもあります。現在、徳山大学では「EQ教育プログラム」として、自分自身を見つめ、他人とコミュニケーションをとり、目的を達成するためにチームを形成するといった能力を養う訓練を行っています。こうした実習で学んだことをクラブやサークル活動などで実践に移し、社会の中で生きるための力に昇華していってほしいと思っています。

DISCUSSION 002

徳山大学の歴史、ウラバナシ

私がこの大学に赴任したのは1990年の秋で、その前はドイツ(当時は西ドイツ)の大学で素粒子物理学の研究に没頭していました。当時、スイスのジュネーブ郊外にあるCERN(欧州原子核研究機構)で、現在のインターネット普及の源となるWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)の基本的なしくみが考案され、世界初のWWWサーバーの試作が進んでいた、そんな頃です。研究者間では、BITNETというネットワークを介してメールやファイルのやりとりができるようになり、国際的な研究交流に盛んに活用していました。私が徳山大学に赴任する際に、ぜひこのBITNETを使えるようにしてほしいと大学側にお願いしたのを覚えています。今ではインターネットが誰でもどこでも使えるのが当たり前になっていますが、当時を振り返ると、大きな時代の移り変わりを感じます。

私が入学した頃は、確かにまだインターネットはありませんでしたし、今のような立派なコンピュータ教室もなかったですね。

徳山大学がそれまで使っていた古いパソコン教室を一新したのは1994年でした。スティーブ・ジョブズが開発した先進的オペレーティングシステムNeXTSTEPを使ったネットワーク教室を構築し、新しい情報教育を始めたのです。さっき話した世界初のWWWサーバーは、このNeXTコンピュータだったのですよ! また、最近、特によく使われるようになったMac OS Xは、このNeXTSTEPをベースに開発されたものでもあります。時代の移り変わりとともに徳山大学も変化しているわけですが、徳山女子短期大学がキャンパス内に併設されたのが、ちょうど、坂本さんが入学した時期ということで、これも大きな変化だったと思います。当時、短大に男子学生は入れなかったそうですね。

そうなんです、女子短大の敷地内には立入禁止となっていました(笑)。しかし、学外に出れば、ごく普通に交流していましたね。私が入学する前の時代は男子学生が多かったので、先輩の話を聞くと、だいぶ雰囲気が変わったそうです。女子短大の学生と交際している学生もいて、実際、結婚した人たちも多いようです。

大学時代に交際を始めて結婚に至るカップルは、確かに多いですね。篠原さんの先輩でも、確か留学生と結婚した人がいたように思います。

はい。当時、日本人学生が留学生と友達になり、そのサポートをする「ISメイト」というサークルがあって、茶道部の先輩が参加していました。そこで、台湾から留学してきた女性と交際するようになり、今はその方と結婚しています。ISメイトに限らず、大学での活動はさまざまな人と知り合うことができるので、自分の世界を広げることができますね。茶道部の活動では、山口大学や宇部フロンティア大学など、県内の他大学の学生たちとの交流もあり、人間関係の輪は大きく広がりました。

人との新しいつながりを築けるのも、大学生活の大きなメリットのひとつですね。大学時代に得た人間関係が、現在、仕事にもつながっているケースはありますか?

顧客として直接お取引させていただいて、お世話になっている方もいますし、大学時代に築いた人間関係は仕事にも大いに役立っています。もちろん仕事とは別に、今でも茶道部の年中行事にはできる限り参加させてもらっていますが、私より若い世代の人たちと知り合えるのも新鮮です。

大学で知識や技術を学ぶことはもちろん大切ですが、そこで築いた人とのつながりも、その後の人生にとって大きな財産となります。学生の皆さんにはたくさんの人々と出会い、さまざまな経験をして、よい人間関係を築いていってほしいと思います。